ROICとROEの違い|レバレッジが生む乖離と使い分けの判断基準

ROICとROEはどちらも「資本に対するリターン」を測る指標ですが、分母に含める資本の範囲が異なるため、同じ企業でも数値が大きく乖離することがあります。
その乖離を生む最大の要因が財務レバレッジ(負債の活用度合い)です。ROEは借入金を増やして自己資本比率を下げるだけでも数値が上昇しますが、ROICはその操作が効きません。この記事では、両指標の計算式の違いからレバレッジが生む乖離のメカニズム、投資家としての使い分け基準までを解説します。
この記事の内容(目次)
計算式の比較:分母と分子の違い
ROICとROEの最も本質的な違いは「誰から調達した資金で測るか」という点にあります。
ROEの計算式
ROEは株主が拠出した資本(自己資本)に対して、最終的な当期純利益がどれだけ生まれたかを示します。分母は株主の持ち分だけであり、銀行からの借入金は含みません。
ROICの計算式
ROICは投下資本(有利子負債+自己資本)に対して、本業から生まれた税引後営業利益(NOPAT)がどれだけのリターンを生んだかを示します。株主だけでなく債権者を含めた「資金の出し手全員」への利益率を測る指標です(出典:ダイヤモンド・オンライン「オムロンCFOが解説!新KPIが現場に根付く『ROIC逆ツリー&翻訳式』の真髄」)。
ROICとROEの違い一覧
両指標の違いを一覧表で整理します。
比較項目 | ROE | ROIC |
|---|---|---|
正式名称 | Return on Equity(自己資本利益率) | Return on Invested Capital(投下資本利益率) |
分子 | 当期純利益 | NOPAT(税引後営業利益) |
分母 | 自己資本(株主持分のみ) | 投下資本(有利子負債+自己資本) |
視点 | 株主のリターン | 資金の出し手全員へのリターン |
レバレッジの影響 | 大きく受ける | 受けにくい |
一般的な目安 | 8%以上(伊藤レポート) | WACC超え(参考:上場企業のROIC中央値は5.8%、ザイマニ2025年集計) |
操作のしやすさ | 自社株買い・借入増で嵩上げ可能 | 借入・自社株買いでは動かない(投資を絞れば上がる) |
主な利用者 | 株主・株式投資家 | 経営者・事業部門責任者 |
レバレッジがROEだけを押し上げるメカニズム
ROEはデュポン分析で3つの要素に分解できます。
3つ目の「財務レバレッジ」は総資産 ÷ 自己資本で計算されるため、借入金を増やして総資産を膨らませるか、自社株買いで自己資本を減らせば、本業の収益力が変わらなくてもROEは上昇します(出典:大和ネクスト銀行コラム「高ROE企業が優良とは限らないワケ」)。
数値例で確認する
同じROE 10%でも、中身は全く異なる場合があります。
A社(健全型) | B社(レバレッジ型) | |
|---|---|---|
売上高利益率 | 10% | 5% |
総資産回転率 | 0.5回 | 0.5回 |
財務レバレッジ | 2.0倍(自己資本比率50%) | 4.0倍(自己資本比率25%) |
ROE | 10% | 10% |
ROIC(参考) | 約5%(高い) | 約2.5%(低い) |
A社は本業の利益率が高いためにROEが10%に達しています。B社は利益率が半分しかないのに、借入金で自己資本比率を下げることでROE 10%を達成しています。ROEだけ見れば両社は同等ですが、ROICで比べるとA社はB社の倍の資本効率です。
表のROICは、投下資本≒総資産・NOPAT≒当期純利益と置いた近似です(売上高利益率×総資産回転率=ROAと同じ値)。実際の投下資本は買掛金などの無利子負債を含まないため、これより高く出ます。
ROICの分母は有利子負債+自己資本のため、借入金を増やしても分母が同時に膨らむので数値が上がりません。これがROICは「操作しにくい」と言われる理由です。オムロンのCFO(当時)も、ROEは「借金を重ねて財務レバレッジを高めれば数値が上がる」が、ROICは有利子負債が増えると分母も増えるため、そうした嵩上げが効かないと説明しています(出典:ダイヤモンド・オンライン)。
高ROE×低ROIC:レバレッジの落とし穴
ROEが高くてもROICが低い企業は、レバレッジでROEを嵩上げしている可能性があります。
典型パターン
不動産業:物件取得に多額の借入金を使うため自己資本比率が低くなりやすい。不動産業のROE中央値は10.5%と全業種(7.8%)より高い一方、総資産に対する利益率(ROA)の中央値は3.7%と全体(4.1%)を下回る
金融業:預金(負債)を元手に貸付を行うため、自己資本比率は構造的に低い。銀行業はROA中央値0.28%に対しROE中央値は5.6%、三菱UFJではROA 0.56%でもROE 10.2%(自己資本比率5.5%)と、レバレッジがROEを押し上げている
自社株買い多用企業:自社株買いで自己資本を圧縮しROEを高めているが、事業そのものの資本効率は変わっていないケース
不動産業・銀行業・三菱UFJの数値はKabuGraph算出(上場3,711社、直近通期の決算短信、2026年9月11日時点)。
チャートで見るレバレッジの影響
以下のチャートは、自己資本比率が変化した場合にROEとROICがどう動くかを示したイメージです(売上高利益率5%、総資産回転率0.5回を一定と仮定し、借入増に伴う支払利息の増加は無視した単純化)。
自己資本比率とROE・ROICの関係(シミュレーション)
ROICが横ばいなのに対し、ROEは自己資本比率が下がるほど急激に上昇しています。これがレバレッジの増幅効果です。実際には借入が増えるほど支払利息が純利益を削るため、ROEの上昇はここまで急ではありません。また裏を返せば、業績が悪化した時はROEが急落するリスクも高まります。
高ROIC×低ROE:無借金経営の「損」
逆のパターンもあります。本業の収益力は高い(ROIC高水準)のに、自己資本比率が非常に高いためにROEが見かけ上低く出る企業です。
典型パターン
無借金・高自己資本比率のBtoB製造業:SMC(自己資本比率91%、ROE 7.9%、2026年3月期)、マキタ(85%、7.9%、2026年3月期)、マブチモーター(90%、7.9%、2025年12月期)は、営業利益率が2桁でもROEが8%に届かない
現金を貯め込んだ成熟企業:設備投資が少なく現金が積み上がり、自己資本比率が年々上がってROEが低下していく。ROEでスクリーニングすると見落とされやすい
3社の数値はKabuGraph算出(上場3,711社、直近通期の決算短信、2026年9月11日時点)。
こうした企業はROEだけでは「資本効率が低い企業」に分類されてしまいますが、ROICで見れば本業の収益力が優れていることが分かります。余剰資金を配当・自社株買い・成長投資に回せばROEも改善する余地があり、株主還元強化の「伸びしろ」とも解釈できます。
注意点として、こうした企業は有利子負債がほぼゼロなので、投下資本を「株主資本+有利子負債」で取るとROICもROEと大差ない水準に出ます。余剰現金を除いた事業投下資本(運転資本+固定資産)で計算して初めて、本業の収益力の高さが数字に表れます。
ROIC > WACCの意味:企業価値を生むかどうか
ROICにはWACC(加重平均資本コスト)と比較して使うという重要な使い方があります。これはROEにはない、ROIC固有の強みです。
条件 | 意味 | 企業価値への影響 |
|---|---|---|
ROIC > WACC | 資本コストを上回るリターンを生んでいる | 企業価値を創造 |
ROIC = WACC | 資本コストと同等のリターン | 価値は増えも減りもしない |
ROIC < WACC | 資本コストを下回るリターンしか出ていない | 企業価値を毀損 |
ROEの目安は「8%以上」と一律に語られがちですが、ROICの目安は「WACCを超えているかどうか」というファイナンス理論に基づいて判定します。WACCは企業ごと・業種ごとに異なるため、ROICは絶対値よりもWACCとの差(EVAスプレッド)で評価する指標です(出典:ザイマニ「EVAスプレッド」)。
ROIC経営の実例:オムロンはなぜROEではなくROICを選んだか
ROICを経営管理に活用する日本企業の代表例がオムロンです。2012年からROIC経営を本格化し、2014年にはROICを事業部門・現場のKPIまで分解する「ROIC逆ツリー」を作りました(出典:パソナJOBHUB セミナーレポート・ダイヤモンド・オンライン)。
逆ツリーの構造(ROS×投下資本回転率をどう現場の指標に翻訳するか)は「ROIC(投下資本利益率)とは」で図解しています。同社の元執行役員はセミナーで、ROIC経営によって10年間で企業価値を約4倍に高めたと説明しています(出典:パソナJOBHUB セミナーレポート)。ここでは、なぜROEではなくROICだったのかに絞ります。
なぜROEではなくROICか
経営管理にROEではなくROICが適している理由は、ROICが事業部単位で計算できる点にあります。ROEの分母(自己資本)は全社の数値であり、事業部やプロジェクト単位に分解できません。一方、ROICの分母(投下資本)は事業に紐づく資産で構成されるため、「この事業は資本コストに見合うリターンを生んでいるか?」を事業単位で判断できます。
投資家はROICとROEをどう使い分けるか
結論として、ROEとROICは「どちらが優れている」ではなく、見ている角度が違います。以下の使い分けが実用的です。
ROEを重視すべき場面
株主リターンを最優先に考える場面:配当・株価上昇を重視するなら、ROEの水準と推移が最も直接的な指標
同業他社との横比較:資本構成が似ている同業種間であれば、ROEでの比較も有効
PBRとの関連分析:PBR 1倍割れ問題を考える際、成長ゼロの単純化ではPBR≒ROE÷株主資本コストとなるため、ROEが起点になる
ROICを重視すべき場面
資本構成が異なる企業を比較する場面:不動産と製造業、銀行とIT企業のように、レバレッジ水準が構造的に異なる業種間を比べるなら、ROICの方が公平な比較ができる
事業の本質的な収益力を見たい場面:特別損益や資本政策の影響を排除して、本業がどれだけ稼いでいるかを評価したいとき
M&A・事業撤退の判断:事業ごとにROICを計算しWACCと比較することで、「この事業は資本コストに見合っているか」を判定できる
業種別の使い分け目安
業種カテゴリ | ROEの特性 | ROICの特性 | 推奨 |
|---|---|---|---|
金融(銀行・保険) | レバレッジが構造的に高い | 預金は投下資本に含めにくい | ROE中心 |
不動産 | 借入依存でROE嵩上げの可能性 | 資産効率の実態を反映 | ROIC併用 |
製造業 | 設備投資が大きく変動 | 投下資本の効率を直接計測 | ROIC中心 |
IT・サービス | 資産が軽く両指標とも高め(情報・通信業のROE中央値11.1%) | 余剰現金の扱いで水準が変わる | ROIC併用 |
商社 | 多角化で全社ROEは平均化 | 事業別のROIC比較が有効 | ROIC中心 |
まとめ:両指標を組み合わせて判断する
ROEは「株主目線のリターン」、ROICは「事業全体の資本効率」を測る指標です。どちらか一方だけでは企業の資本効率を正しく評価できません。
ROEが高くROICも高い → 本業の収益力が高く、株主リターンも優れている。最も望ましい状態
ROEが高くROICが低い → レバレッジで嵩上げされた可能性。財務健全性を要確認
ROEが低くROICが高い → 稼ぐ力はあるが資本配分に改善余地。還元強化の伸びしろ
ROEが低くROICも低い → 本業の収益力自体に課題あり。構造的な改善が必要
両指標を2×2のマトリクスで整理すると、企業の資本効率の「質」が見えてきます。投資判断の際は、ROEの水準だけでなく、必ずROICと併せて確認することをおすすめします。

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