ROIC(投下資本利益率)とは|WACCとの差で測る価値創造、中央値5.8%の読み方とオムロン・花王の実例

ROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率)は、企業が事業に投じた資本に対してどれだけの利益を生み出しているかを測る指標です。ROEが「株主の出資に対するリターン」を測るのに対し、ROICは株主資本と有利子負債を合わせた事業に投じた資本全体の効率を評価します。
WACC(加重平均資本コスト)を上回れば価値を創造し、下回れば価値を破壊している——この明快な判定基準が、オムロンや花王をはじめとする日本企業で「ROIC経営」が広がった理由です。この記事では、ROICの計算式から業種別の目安、WACCとの関係、実践企業の事例まで体系的に解説します。
この記事の内容(目次)
ROICの計算式
ROICは「税引後営業利益(NOPAT) ÷ 投下資本 × 100」で算出します。
分子:NOPAT(税引後営業利益)
NOPATはNet Operating Profit After Taxの略で、営業利益 ×(1 − 実効税率)で計算します。営業利益から税金を引くことで、資本構成(借入の多寡)の影響を除いた事業本来の稼ぐ力を抽出します。
分母:投下資本(Invested Capital)
投下資本は「事業に投じている資本の総額」を指し、株主資本 + 有利子負債で算出するのが一般的です。
資産側からのアプローチでは「運転資本 + 固定資産」でも求められます。どちらの方法でも理論上は同じ値になりますが、企業によって定義が異なる場合があるため、IR資料で算出方法を確認することが重要です。
具体例で計算してみる
たとえば営業利益100億円、実効税率30%、株主資本400億円、有利子負債300億円の企業の場合:
NOPAT = 100億円 × 0.7 = 70億円
投下資本 = 400億円 + 300億円 = 700億円
ROIC = 70 ÷ 700 × 100 = 10%
この企業のWACCが7%であれば、ROIC(10%) > WACC(7%)なので、3%ぶんの経済的価値を創造していると判断できます。
ROICの目安は何%?
ROICの目安は画一的な「何%以上」ではなく、自社のWACCを上回っているかどうかが最も重要な判断基準です。そのうえで、一般的に以下の水準が目安として使われます。
ROIC水準 | 評価 | 解説 |
|---|---|---|
10%以上 | 優良 | 多くの業種でWACCを大きく上回り、高い価値創造力を持つ |
7%〜10% | 良好 | 一般に5〜7%程度とされる日本企業のWACCを上回り、価値創造できているとみなせる水準 |
5%〜7% | 要改善 | WACCぎりぎり。資本コスト次第では価値破壊の恐れ |
5%未満 | 危険水域 | 多くの企業でWACCを下回る水準。事業の見直しが検討される |
財務指標サイト・ザイマニの集計では、日本の上場企業のROIC中央値は5.8%です(出典:ザイマニ「ROIC」。2025年に期末を迎えた決算期、金融業を除く上場3,645社の有価証券報告書ベース。定義はNOPAT=営業利益×(1−実効税率)、投下資本=有利子負債+株主資本)。ROICは投下資本の定義次第で値が変わるので、他の集計と比べるときは定義を揃える必要があります。
中央値がWACCの一般的な水準(5〜7%程度)と重なるため、上場企業のおよそ半数は、WACCを上回れているかどうか微妙な位置にあるということです。実務で「7%以上」が目安として使われるのは、この水準を確実に上回るためです。
業種別のROIC目安
業種によって必要な設備投資の規模や事業構造が異なるため、ROICの水準には大きな差があります。同じザイマニの集計(2025年)では情報・通信業が8.6%で最も高く、医薬品と繊維製品が2.8%で最も低い水準にあり、資本の「重さ」の違いを反映しています。
主要業種別ROIC中央値
WACCとの関係 ── 価値創造の判定基準
ROICの最大の強みは、WACC(加重平均資本コスト)という「資本の調達コスト」と直接比較できる点にあります。PwC Japanも「ROICの長所は、WACCという絶対値との比較ができること」と整理しています(出典:PwC Japan「ROIC経営の落とし穴」、2024年8月)。
WACCとは
WACCはWeighted Average Cost of Capitalの略で、「株主が期待するリターン(株主資本コスト)」と「銀行が要求する金利(負債コスト)」を、それぞれの調達比率で加重平均したものです。
E = 株主資本、D = 有利子負債、r_E = 株主資本コスト、r_D = 負債コスト(金利)、t = 実効税率。日本企業のWACCは一般に5〜7%程度とされますが、公的な統計があるわけではなく、企業ごとに異なります。
ROIC − WACCスプレッドの読み方
条件 | スプレッド | 意味 |
|---|---|---|
ROIC > WACC | プラス | 資本コスト以上のリターンを生んでおり、企業価値を創造している |
ROIC = WACC | ゼロ | 資本コストちょうど。投資家の期待に最低限応えている状態 |
ROIC < WACC | マイナス | 資本コストを回収できておらず、企業価値を破壊している |
ROE・ROAとの違い
ROICとROE・ROAは、いずれも企業の収益性を測る指標ですが、「何に対するリターンか」が異なります。
ROIC | ROE | ROA | |
|---|---|---|---|
分子 | NOPAT(税引後営業利益) | 当期純利益 | 当期純利益 |
分母 | 投下資本(株主資本+有利子負債) | 自己資本 | 総資産 |
視点 | 事業全体の資本効率 | 株主の視点 | 経営全体の効率 |
比較基準 | WACC | 株主資本コスト | なし(業種内比較) |
レバレッジの影響 | 受けにくい | 受けやすい(借入で嵩上げ可能) | 受けにくい |
一般的な目安 | 7%が目安とされる | 8%以上(伊藤レポート) | 5%が目安とされる |
ROEの8%は、2014年に経済産業省が公表した伊藤レポートが「最低限8%以上」と示した基準です。ROICの7%とROAの5%は実務で慣用的に使われる目安で、公的な基準ではありません。
ROEの最大の弱点は、財務レバレッジ(借入比率の引き上げ)だけで数字を押し上げられることです。自社株買いや借入金の増加で自己資本を圧縮すれば、事業の稼ぐ力が変わらなくてもROEは上昇します。ROICは株主資本と有利子負債の両方を分母に含めるため、こうしたレバレッジ操作の影響を受けにくいという利点があります。
詳しくは「ROICとROEの違い」で具体例を交えて解説しています。
ROIC経営を実践する日本企業
ROICを経営管理の中心指標に据え、「ROIC経営」を実践する日本企業が増えています。ここでは代表的な2社の取り組みを紹介します。
オムロン ── ROIC逆ツリーの先駆者
オムロンはROIC経営の代名詞的な存在です。ROICは2001年のITバブル崩壊後にキャッシュフロー経営の一環として導入し、2012年頃から本格的にROICを軸にしたマネジメントを始動しました(出典:パソナJOBHUB セミナーレポート、元オムロン執行役員 大上高充氏の講演、2022年3月)。ROICを現場のKPIまでつなぐ独自の「ROIC逆ツリー」は2014年に作り上げたものです(出典:ダイヤモンド・オンライン)。
ROIC逆ツリーは、ROICを「ROS(売上高利益率)」と「投下資本回転率」に分解し、さらに現場のKPIまで落とし込む手法です。通常のツリー展開とは逆に、現場の事業戦略から改善ドライバーを設定してROIC目標へ連鎖させるため「逆」ツリーと呼ばれます。現場の一人ひとりが自分の仕事とROICのつながりを理解できる仕組みにした点が特徴です。
成果も出ています。2012年頃からの10年で売上総利益率は8.9ポイント改善して45.5%に達し、営業利益は年率8.2%で成長、時価総額は約4倍になりました(出典:同セミナーレポート)。ただしROIC経営が好業績を保証するわけではなく、2024年3月期の純利益は81億円(前期738億円)へ落ち込み、2026年3月期も285億円にとどまっています(決算短信よりKabuGraph集計)。
花王 ── EVA×ROICの二刀流
花王は1999年4月からEVA(経済的付加価値)を経営指標に採用してきた先駆的企業で、2023年8月に公表した中期経営計画「K27」からはROICを主要な経営指標として併用しています。WACCは「花王グループとして5%が妥当な水準」と開示しています(出典:花王 EVA経営)。
ROICは2023年の4.1%から2024年に9.2%、2025年12月期は9.7%へ改善し、EVAは411億円でした。WACC 5%に対するスプレッドは+4.7ポイントです。2027年の目標はROIC 11%以上・EVA 700億円以上で、2026年はROIC 10.5%・EVA 510億円を見込んでいます(出典:花王「2025年12月期 連結決算の概要」、2026年2月5日、p.24)。
事業別にROICを算出して各事業を評価し、基準を満たさない事業は見直し対象として改善計画を求める仕組みを持ちます。2024年にはペットケア事業と飲料(ヘルシア)事業を譲渡しました(出典:日経ビジネス「花王、ヘルシア売却の葛藤」、2026年3月11日、および上記決算資料)。
ROICの限界と注意点
ROICは資本効率を測る優れた指標ですが、万能ではありません。投資判断に使う際は以下の限界を理解しておく必要があります。
1. 成長性を映さない
ROICは「現時点の効率」を示す指標であり、将来の成長性は反映されません。投下資本を減らす(=投資を控える)だけでもROICは改善するため、PwC Japanは「ROICを最重要指標として扱うと、必要な投資にも抑制する方向に作用するリスクがある」と指摘しています。いわゆる「縮小均衡」のリスクです(出典:PwC Japan「ROIC経営の落とし穴」)。
2. 投下資本の定義が統一されていない
投下資本の算出方法は企業によって異なります。「株主資本+有利子負債」が一般的ですが、リース債務の扱い、のれんの含め方、運転資本の定義などで数値が変わるため、企業間比較には同一の定義を使う必要があります。
3. 事業ライフサイクルで水準が変わる
成長段階の事業は大規模な先行投資により投下資本が膨らむため、ROICが低くなりがちです。成熟事業と成長事業を画一的にROICで評価すると、有望な成長事業を過小評価してしまう可能性があります。
4. 金融業には不向き
銀行・保険・証券などの金融業は、負債(預金・保険準備金など)そのものが事業の原材料であり、「投下資本」の概念がそぐいません。前述のザイマニの集計も金融業を除いています。金融業の収益性評価にはROEや経費率(OHR)が適しています。
まとめ
ROICは「事業に投じた資本に対するリターン」を測る指標で、WACCとの比較により企業が価値を創造しているかを判定できます。
計算式:ROIC = NOPAT(営業利益 ×(1 − 実効税率)) ÷ 投下資本(株主資本 + 有利子負債)
目安:実務では7%以上が目安とされるが、最重要なのはWACC(一般に5〜7%程度)を上回っているかどうか
業種差:上場企業の中央値は5.8%。情報・通信業(8.6%)から医薬品(2.8%)まで大きな開きがあり、業種内比較が基本(ザイマニ集計、2025年)
強み:レバレッジで嵩上げできるROEと違い、事業の実力を測りやすい
注意:成長投資期は低く出る、投下資本の定義が企業間で異なる

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