ROEの目安は何%?|伊藤レポート8%基準と業種別データで見る合格ライン

ROE(自己資本利益率)の「合格ライン」は一律ではなく、業種によって大きく異なります。2014年に経済産業省が公表した伊藤レポートは「最低限8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべき」と提言し、以来この8%が日本株投資のベンチマークとして定着しました。しかし上場3,711社の実データを見ると、ROE中央値は情報・通信業が11.1%、鉄鋼は4.9%と2倍以上の開きがあり、医薬品に至っては中央値がマイナス(−0.9%)です。
この記事では、8%基準の根拠を伊藤レポートの原典から解説し、東証33業種のROE中央値(2026年9月時点)を一覧で提示したうえで、業種ごとの目安をどう使い分けるかを示します。
この記事の内容(目次)
伊藤レポートが示した「ROE 8%」の根拠
ROE 8%という基準の出典は、2014年8月に経済産業省が公表した「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」プロジェクトの最終報告書(通称・伊藤レポート)です。座長を務めた一橋大学大学院の伊藤邦雄教授の名前から、こう呼ばれています。
なぜ8%なのか——株主資本コストという考え方
伊藤レポートの論理は明快です。企業は株主から預かった資本を運用している以上、株主が期待するリターン(=株主資本コスト)を上回る利益を出さなければ、価値を創造しているとは言えません。
伊藤レポートは、グローバルな機関投資家が日本企業に期待する株主資本コストの平均が7%超(国内機関投資家6.3%、海外機関投資家7.2%。2012年の機関投資家アンケート)という調査結果を示し、「ROEが8%を超える水準で約9割のグローバル投資家が想定する資本コストを上回る」と述べています。ここから「グローバルな投資家と対話をする際の最低ラインとして8%を上回るROE」という提言が導かれました(伊藤レポート 最終報告書 p.13、p.44〜45)。
このROEと株主資本コストの差をエクイティスプレッドと呼びます。エクイティスプレッドがプラスの企業は株主価値を創造しており、マイナスの企業は資本を毀損していると評価されます。
8%基準の影響——JPXプライム150指数
伊藤レポートの提言は、その後の制度設計に大きな影響を与えています。2023年7月に算出が始まったJPXプライム150指数は、東証プライム市場の時価総額上位500社から「価値創造が推定される」150社を選ぶ指数です(JPXプライム150指数)。
エクイティ・スプレッド基準(75銘柄):当期と前期のエクイティ・スプレッド(ROE−株主資本コスト。株主資本コストはCAPMで銘柄ごとに推定)がともにプラスで、かつROEが8%を超える銘柄から、スプレッドの大きい順に選定
PBR基準(75銘柄):残りの銘柄のうちPBRが1倍を超える銘柄から、時価総額の大きい順に選定
8%がスクリーニングの絶対条件として組み込まれていることは、この基準の実務的な重みを示しています(出典: JPXプライム150指数 算出要領)。
業種別ROEの目安——東証33業種の中央値一覧
ROEの目安は業種によって大きく異なります。以下は東証上場3,711社(プライム・スタンダード・グロース)のROE中央値を東証33業種別にまとめたものです。中央値は平均値と違い極端な外れ値の影響を受けにくく、「典型的な企業」の水準を把握するのに適しています。ROEは直近通期の決算短信をもとに、当期純利益÷純資産で計算しています。
業種 | 社数 | ROE中央値 | 8%基準との比較 |
|---|---|---|---|
全業種 | 3,711 | 7.8% | わずかに下回る |
情報・通信業 | 606 | 11.1% | 大きく上回る |
不動産業 | 129 | 10.5% | 大きく上回る |
サービス業 | 534 | 10.2% | 大きく上回る |
その他金融業 | 39 | 10.0% | 上回る |
建設業 | 142 | 9.7% | 上回る |
証券・商品先物取引業 | 37 | 9.3% | 上回る |
石油・石炭製品 | 9 | 8.8% | 上回る |
精密機器 | 52 | 8.7% | 上回る |
保険業 | 14 | 8.5% | 上回る |
電気・ガス業 | 29 | 8.2% | 上回る |
水産・農林業 | 12 | 8.1% | 上回る |
鉱業 | 5 | 8.1% | 上回る |
空運業 | 7 | 8.1% | 上回る |
陸運業 | 56 | 7.9% | わずかに下回る |
ゴム製品 | 16 | 7.7% | わずかに下回る |
小売業 | 323 | 7.6% | わずかに下回る |
卸売業 | 282 | 7.6% | わずかに下回る |
海運業 | 11 | 7.2% | 下回る |
機械 | 208 | 7.1% | 下回る |
電気機器 | 224 | 7.0% | 下回る |
ガラス・土石製品 | 49 | 6.9% | 下回る |
その他製品 | 104 | 6.8% | 下回る |
食料品 | 124 | 6.8% | 下回る |
非鉄金属 | 32 | 6.7% | 下回る |
化学 | 201 | 6.4% | 下回る |
倉庫・運輸関連業 | 31 | 6.2% | 下回る |
銀行業 | 79 | 5.6% | 下回る |
輸送用機器 | 81 | 5.4% | 下回る |
金属製品 | 86 | 5.2% | 下回る |
鉄鋼 | 37 | 4.9% | 大きく下回る |
パルプ・紙 | 24 | 4.8% | 大きく下回る |
繊維製品 | 48 | 4.4% | 大きく下回る |
医薬品 | 80 | −0.9% | 大きく下回る |
業種別ROE中央値(上位5業種・下位5業種と全業種)
全業種の中央値は7.8%で、伊藤レポートの8%にわずかに届きません。ROE 8%以上の企業は全体の48%(ROEを計算できる3,680社中1,777社)にとどまり、「8%を超えれば上位半数」というのが日本株の現状です。市場別の中央値はプライム8.6%、スタンダード6.7%、グロース9.2%で、プライム市場でも9%に届いていません。
ROEが高い業種と低い業種——構造的な理由
業種によってROE水準に大きな差がある背景には、ビジネスモデル上の構造的な理由があります。ROEをデュポン分解すると、この違いの原因が見えてきます。
ROEが高い業種の特徴
情報・通信業(中央値11.1%)、サービス業(10.2%)が高い理由は、固定資産をあまり必要としないビジネスモデルにあります。ソフトウェアやサービスは工場や大型設備がなくても提供でき、少ない資本で利益を生み出せます。売上高利益率も総資産回転率も高くなりやすい構造です。
不動産業(10.5%)は借入金を活用した財務レバレッジの高さがROEを押し上げています。ROAの中央値は3.7%と全業種(4.1%)を下回るのに、ROEでは33業種中2位です。物件取得に多額の負債を使うことで、自己資本に対する利益の比率が高くなります。その他金融業(10.0%)、証券(9.3%)も同じレバレッジ型です。一方、銀行業(5.6%)はROA中央値が0.28%と極端に低く、10倍を超えるレバレッジをかけてもROEは8%に届きません。
海運業(7.2%)は市況次第で大きく振れる業種です。コンテナ運賃が高騰した2022年3月期・2023年3月期は業種中央値が20%を超え、日本郵船のROEは57%に達しましたが、運賃の正常化で2026年3月期は業種中央値が7%台まで下がりました(KabuGraph算出、3月期決算10社)。単年のROEで判断してはいけない典型例です。
ROEが低い業種の特徴
医薬品(−0.9%)は全業種で唯一、中央値がマイナスです。業種内80社の半数が赤字で、その大半は開発中の新薬がまだ売上になっていないバイオベンチャーです。新薬候補が承認に至る確率は約3万分の1と低く(日本製薬工業協会 DATA BOOK 2026)、上場後も長く赤字が続く企業が多いためです。一方で中外製薬(ROE 21.4%)、第一三共(16.6%)、アステラス製薬(15.9%)と大手は高水準で、業種の中央値が「典型的な大手」を表していない点に注意が必要です。
繊維製品(4.4%)、パルプ・紙(4.8%)、鉄鋼(4.9%)、金属製品(5.2%)などの素材・製造業は、大型の製造設備への投資が必要で、設備の減価償却が利益を圧迫します。景気循環による需要変動の影響も受けやすく、安定的に高いROEを維持するのが難しい業種です。
輸送用機器(5.4%)は自動車を中心に巨額の設備投資・研究開発費が必要で、かつ為替変動や原材料価格の影響を受けるため、ROEのブレが大きい業種です。
日米のROE比較——日本はなぜ低いのか
日本企業のROEが8%の壁と向き合う一方で、米国の主要企業(S&P500)のROEは20.9%と、日本(TOPIX500)の9.4%の2倍以上の水準にあります(経済産業省の集計、2024年、金融を除く)。
日米欧主要企業のROE(2024年)
経済産業省は同じ資料でROEをデュポン分解し、差の主因を売上高純利益率に求めています(同資料 p.15)。
売上高純利益率の差:日本5.9%に対し米国10.5%と、日本は米国の「概ね半分」。ROEの差の大半はここから生まれています
総資産回転率は同水準:日本0.7回、米国0.7回で差はありません(欧州は0.6回)
財務レバレッジの差:日本2.4倍に対し米国・欧州は2.9倍。日本企業の現預金の積み上がりが分母の純資産を膨らませ、レバレッジを下げています
資本政策の違い:米国は自社株買いで自己資本を圧縮する企業が多い一方、日本は現預金や政策保有株式を抱えたままの企業が多く、分母が膨らみやすい構造です
なお日本取引所グループの決算短信集計では、2026年3月期の上場企業(全産業1,982社、金融を除く)のROEは9.39%(2025年3月期は9.36%)と、集計ベースでは8%超えが定着しつつあります(出典: 日本取引所グループ「2026年3月期決算短信集計結果」)。ただしこれは各社の純利益と自己資本を合計して計算した値で、大企業の影響が大きく出ます。中央値でみると7.8%と8%に届いていないうえ、米国との差はまだ大きく、「8%で満足すべきか」という議論も出ています。
日本の上場企業のROE推移(決算短信集計、全産業)
高ROEでも注意が必要な3つのケース
ROEが8%以上、あるいは10%を超えていても、その中身を確認しないと投資判断を誤ります。以下の3つのケースでは、見かけ上のROEの高さに惑わされないよう注意が必要です。
ケース1:財務レバレッジに依存したROE
デュポン分解の3要素のうち、財務レバレッジ(総資産÷自己資本)だけが高い場合は要注意です。借入金を増やせば自己資本比率が下がり、ROEは機械的に上昇します。しかし実態は「たくさん借りているから効率よく見える」だけであり、金利上昇局面で利益が急減するリスクを抱えています。
チェック方法は自己資本比率を同時に確認することです。自己資本比率が極端に低い企業(20%以下など)は、レバレッジによるROE嵩上げの可能性を疑いましょう。
より直接的なのは、ROIC(投下資本利益率)を併せて見ることです。ROICは分母が自己資本と有利子負債を合わせた投下資本なので、借入を増やして自己資本を薄めてもROEのようには上がりません。ROEが高いのにROICが低い企業は、本業の稼ぐ力ではなく借入の多さでROEが膨らんでいる可能性が高いと判断できます。両者の関係はROICとROEの違いで詳しく解説しています。
ケース2:一時的な利益によるROE上振れ
固定資産や有価証券の売却益、訴訟の和解金受領などの特別利益が当期純利益を大きく押し上げた結果、その年だけROEが跳ね上がるケースがあります。翌年には通常水準に戻るため、持続性がありません。
チェック方法は3〜5年間のROE推移を見ることです。単年で急上昇している場合は、損益計算書の特別利益の項目を確認しましょう。
ケース3:自社株買いによるROE押し上げ
自社株買いは株主還元策として有効ですが、分母の自己資本を減少させるため、利益が横ばいでもROEは上昇します。自社株買い直後にROEが急改善している場合は、利益成長を伴っているか(=分子のEPSも伸びているか)を合わせて確認しましょう。
ROEの目安を使った実践的な銘柄評価の手順
ここまでの内容を踏まえて、ROEの目安を投資判断にどう活かすかを実践的な手順で整理します。
ステップ1:同業種の中央値と比較する
まず対象企業のROEを、上記の業種別中央値と比較します。中央値を上回っていれば「業種内で資本効率が良い」と言えます。8%を超えているかどうかだけでなく、業種の中での位置づけを確認することが重要です。
ステップ2:デュポン分解で中身を確認する
ROEが高い理由を3要素(利益率・回転率・レバレッジ)に分解し、どの要素が貢献しているかを確認します。利益率と回転率が主因なら本業の実力、レバレッジが主因なら借入依存の可能性があります。デュポン分解の詳しい読み方は下記の関連記事をご参照ください。
ステップ3:ROEの推移と持続性を見る
3〜5年間のROE推移を確認し、安定的に高い水準を維持できているかを見ます。単年の数値だけでなくトレンドを重視することで、一時的な要因による見かけ上のROE改善を避けられます。
ステップ4:ROAと自己資本比率を併用する
ROEだけでは財務レバレッジの影響を排除できません。ROAが同業種平均を上回り、かつROEも高い企業は、本業の収益力が優れていると判断できます。ROAとROEの関係については関連記事で詳しく解説しています。
ROEの水準 | 一般的な評価 | 該当する上場企業の割合 | 確認事項 |
|---|---|---|---|
15%以上 | 非常に高い | 18% | 一時要因やレバレッジ依存でないか要チェック |
10〜15% | 優良 | 19% | 多くの業種で上位水準。持続性があれば投資候補 |
8〜10% | 合格 | 12% | 伊藤レポート基準をクリア。業種平均との比較が必要 |
5〜8% | やや低い | 22% | 業種によっては標準的。改善トレンドがあるか確認 |
5%未満 | 低い | 30%(うち赤字11%) | 資本効率に課題あり。改善計画の有無を確認 |

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まとめ
ROEの目安は「一律8%」ではなく、業種特性を踏まえて判断する必要があります。
伊藤レポートの8%基準はグローバル投資家が日本企業に期待する株主資本コスト(平均7%超)を上回るための最低ライン。JPXプライム150指数でもスクリーニング条件として採用
全業種中央値は7.8%で、ROE 8%以上は上場企業の48%。情報・通信(11.1%)から医薬品(−0.9%)まで業種差が大きく、海運のように市況で20%から7%へ振れる業種もある
高ROEの中身を確認——レバレッジ依存・一時的利益・自社株買いによる嵩上げでないかをデュポン分解と推移で検証
日本のROE(9.4%)は米国(20.9%)の半分以下。売上高純利益率が米国の半分であることが主因(経済産業省の集計)
銘柄評価は4ステップ——業種内比較→デュポン分解→推移確認→ROA・自己資本比率の併用








