TOB(株式公開買付)とは|30%ルール導入後の制度と株主の選択肢

TOB(Take Over Bid=株式公開買付)は、証券取引所を通さずに不特定多数の株主から株式を買い集める手法です。買付価格・期間・株数をあらかじめ公告し、株主に応募を呼びかけます。経営権の取得や完全子会社化を目的に行われることが多く、近年は件数が急増しています。2025年は過去最多の136件、2026年も5月時点で50件に達し3年連続の100件超えが見込まれています(M&A Online)。
この記事では、TOBの基本的な仕組みから2026年5月施行の法改正(30%ルール)まで、個人投資家が押さえておくべきポイントを網羅的に解説します。
この記事の内容(目次)
TOBの仕組み——なぜ市場で買わないのか
通常の株式売買は証券取引所の板(オーダーブック)を通して行われますが、TOBは取引所の外で直接買い付ける手法です。買い手は「この価格で、この期間に、何株まで買います」と公告し、株主が応募するかどうかを判断します。
市場で大量の買い注文を出すと株価が急騰し、買い集めるほどコストが膨らみます。TOBなら価格を固定して大量の株式を一度に取得できるため、買収コストの見通しが立ちやすいのが最大のメリットです。
TOBが使われる主な場面
経営権の取得——議決権の過半数(50%超)を握り、取締役の選任・解任を単独で決定できるようにする
完全子会社化(非公開化)——100%取得を目指し、上場廃止にして経営の自由度を高める。2025年はTOB・MBOによる上場廃止が112社に達した(東京商工リサーチ)
グループ再編——親会社が上場子会社を完全子会社化し、親子上場を解消する
MBO(経営陣による買収)——現経営陣がファンドと組んで自社株をTOBで買い集め、非公開化する
持株比率と行使できる権利
TOBで狙う持株比率によって、買い手が得られる権限が変わります。
持株比率 | 行使できる権利 |
|---|---|
33.4%超(1/3超) | 株主総会の特別決議を単独で否決できる(拒否権) |
50%超(過半数) | 普通決議を単独可決。取締役の選任・解任が可能 |
66.7%以上(2/3以上) | 特別決議を単独可決。定款変更・合併・事業譲渡が可能 |
90%以上 | スクイーズアウト(少数株主の強制排除)が可能 |
出典:会社法第309条(普通決議・特別決議)、第179条(特別支配株主の株式等売渡請求)
TOBの法的ルール——いつ公開買付が義務になるのか
TOBは金融商品取引法(金商法)第27条の2以下で規定されています。一定の条件を満たすと公開買付が義務となり、市場で黙って買い集めることはできません。
2026年5月施行の「30%ルール」
令和6年改正金融商品取引法(2026年5月1日施行)により、公開買付義務の閾値が大きく変わりました。
項目 | 改正前(〜2026年4月) | 改正後(2026年5月〜) |
|---|---|---|
義務的TOBの閾値 | 1/3超(約33.3%) | 30%超 |
市場内取引 | 原則適用除外 | 原則規制対象 |
急速買付規制 | あり | 廃止 |
出典:スプリング法律事務所 令和6年改正金融商品取引法(1)〜公開買付制度に関する改正
最大の変更点は、市場内取引(取引所の板取引)でも30%を超えるとTOBが義務になったことです。改正前は取引所で買う限りTOB義務は原則かかりませんでしたが、改正後は取得経路を問わず30%超で義務が発生します。これは英国・EU諸国の規制水準に合わせたもので、少数株主保護の強化が狙いです(企業法務弁護士ナビ)。
義務的TOBと任意的TOB
TOBには法律上の義務として行うものと、自発的に行うものがあります。
義務的TOB——株券等所有割合が30%を超える取得を行う場合、金商法により公開買付手続きが義務付けられる。違反すると刑事罰の対象
任意的TOB——法的義務がなくても、買い手が自発的にTOBを実施するケース。友好的な完全子会社化では、既に過半数を保有する親会社が残りの株式を買い集める際に任意で行うことが多い
大量保有報告制度(5%ルール)
TOBとは別に、上場株式の保有割合が5%を超えた場合、5営業日以内に大量保有報告書を提出する義務があります(金商法第27条の23)。その後、1%以上の増減があるたびに変更報告書の提出が必要です。TOBが開始される前に大株主の動きが報告書から判明することもあり、投資家にとっては重要なシグナルになります。
友好的TOBと敵対的TOB
TOBは対象企業の経営陣の姿勢によって「友好的」と「敵対的」に分かれます。日本で実施されるTOBの大半は友好的TOBであり、敵対的TOBはニュースで大きく報じられるものの全体に占める割合は小さいのが実情です。
友好的TOB
対象企業の経営陣(取締役会)が買収に賛同し、株主に応募を推奨するTOBです。親子上場の解消やMBOなど、買い手と対象企業が事前に協議・合意してから実施されます。対象企業は意見表明報告書で「賛同」を表明し、応募を推奨するのが一般的です。
敵対的TOB(同意なき買収)
対象企業の経営陣の同意を得ずに実施されるTOBです。近年は「敵対的」という表現を避け「同意なき買収」と呼ばれることが増えています。経営陣が反対しても、株主が買付価格に魅力を感じれば応募が集まり成立する可能性があります。
ただし、対象企業は買収防衛策を発動して対抗するケースが多く、敵対的TOBの成功率は友好的TOBと比べて低いのが現実です。2025年にはニデックによる牧野フライス製作所への同意なきTOBが、牧野側の買収防衛策を受けて撤回された事例もあります。
主な買収防衛策
敵対的TOBに対して、対象企業が講じる代表的な防衛策を整理します。
防衛策 | 分類 | 内容 |
|---|---|---|
ポイズンピル | 予防策 | 敵対的買収者の持分を希薄化する新株予約権をあらかじめ設定 |
ホワイトナイト | 対抗策 | 友好的な第三者に買収してもらい、敵対的買収者を退ける |
パックマンディフェンス | 対抗策 | 逆に買収者の株式を買い集めて対抗する |
クラウンジュエル | 対抗策 | 重要な事業・資産を第三者に売却し、買収の魅力を低下させる |
第三者割当増資 | 対抗策 | 友好的な第三者に新株を割り当て、買収者の持株比率を希薄化 |
TOBの手続き——5つのステップ
TOBの手続きは金商法で厳格に定められています。おおまかな流れは以下の5ステップです。
公開買付開始公告——買い手が買付価格・期間(20〜60営業日)・買付予定数を日刊新聞や電子公告で公表します。同時に金融庁へ公開買付届出書を提出します(金商法第27条の3)。
対象企業の意見表明——対象企業の取締役会は10営業日以内に意見表明報告書を提出し、「賛同」「反対」「中立」の立場を表明します(金商法第27条の10)。株主にとってはTOBに応じるかどうかの重要な判断材料になります。
株主の応募期間——公開買付期間中(20〜60営業日)、株主は証券会社を通じてTOBに応募するか判断します。応募した株主は買付期間中であれば撤回も可能です。
買付結果の公表——公開買付期間の終了後、買い手は応募株数が目標に達したかを公表し、公開買付報告書を金融庁に提出します。
決済——応募が成立条件(下限株数など)を満たせば、買い手は応募株主に対して買付価格で代金を支払います。応募が下限に満たなかった場合は不成立となり、株主に株式が返却されます。
TOBプレミアムと株価への影響
TOBで買い手が提示する価格は、通常市場価格に30〜40%のプレミアム(上乗せ)を付けた水準に設定されます。既存株主に市場で売るよりも有利な条件を提示しなければ、応募が集まらないためです。
プレミアムの実例
プレミアム率はTOBごとに大きく異なります。近年の事例では以下のように幅があります。
案件 | プレミアム率 | 種類 |
|---|---|---|
カイノス | 約75% | 友好的TOB |
キャリアバンク | 約47% | 友好的TOB |
タカラバイオ | 約40% | 親子上場の解消 |
TOB発表後の株価の動き
TOBが発表されると、対象銘柄の株価は原則として以下のように動きます。
買付価格に近い水準まで急騰する——TOBが成立すると買付価格で決済されるため、市場価格はその水準に張り付きます。ただし完全に一致しないのは、不成立リスクがあるためです
買付価格を上回ることもある——対抗TOBや買付価格の引き上げ(増額)を期待して、買付価格以上まで株価が上昇するケースがあります
不成立なら急落する——TOBが不成立に終わると、プレミアムの裏付けがなくなるため株価はTOB発表前の水準に戻る(あるいはそれ以下になる)ことがあります
TOBが発表されたら——株主の3つの選択肢
保有銘柄にTOBが発表されたとき、株主がとれる行動は3つあります。
選択肢1:TOBに応募して売却する
証券会社を通じてTOBに応募し、買付価格で株式を売却する方法です。プレミアム分の利益を確実に得られる最もシンプルな選択肢です。ただし、上限が設定されているTOBでは応募が上限を超えると按分になるため、全株が買い取られない可能性があります。応募手続きには期限があるため、証券会社への手続き期限を確認しましょう。
選択肢2:市場で売却する
TOB発表後は株価が買付価格に接近するため、市場で売却しても買付価格に近い水準で売れることが多いです。TOBへの応募と違い、すぐに売買が成立し資金化できる利点があります。対抗TOBによる価格引き上げや増額を期待して保有を続け、タイミングを見て市場で売る投資家もいます。
選択肢3:保有を続ける
TOBに応じず保有を続ける選択肢もあります。ただし、TOBが成立して買い手が90%以上を取得した場合、スクイーズアウト(株式等売渡請求)により強制的に買い取られる可能性があります(会社法第179条)。スクイーズアウトの対価はTOB価格と同額が原則です。完全子会社化を目指すTOBでは、最終的に保有し続けることが難しいケースが多い点を理解しておきましょう。
TOBとMBO・LBOの違い
TOBと混同されやすいM&A関連用語を整理します。
用語 | 正式名称 | 概要 | TOBとの関係 |
|---|---|---|---|
TOB | Take Over Bid(株式公開買付) | 市場外で不特定多数の株主から株式を買い集める手法 | — |
MBO | Management Buyout | 現経営陣が自社の株式を買い取り、非公開化する手法 | MBOの株式取得手段としてTOBが使われることが多い |
LBO | Leveraged Buyout | 対象企業の資産や将来キャッシュフローを担保に借入を行い買収する手法 | 買収資金の調達方法。TOBと組み合わせて使われることが多い |
TOBは「株式の取得手法」、MBOは「買い手が経営陣」、LBOは「資金調達の方法」という違いがあります。典型的なMBO案件では、経営陣がPEファンドと組んでLBOで資金を調達し、TOBで株式を買い集めるという形で3つが組み合わされます。2026年1月には久光製薬がMBOによる非上場化を発表(買付総額約3,900億円)するなど、大型MBOが相次いでいます。
近年のTOB動向——急増の背景と注目案件
日本のTOB件数はここ数年で急増しています。
日本のTOB件数推移
TOB急増の背景
TOBが急増している背景には複数の構造的要因があります。
東証の資本効率改善要請——東京証券取引所が2023年3月にPBR1倍割れ企業へ資本コストや株価を意識した経営の改善を要請。これ自体はTOBを促す措置ではないが、改善を求められた企業が市場の評価圧力にさらされる中で、短期的な株主対応に追われるよりも非公開化して中長期の構造改革に集中する選択肢が意識されやすくなった。PEファンドにとっても割安な企業を見つけやすい環境が整い、MBO・TOBの提案が増加した
アクティビスト(物言う株主)の台頭——2025年のTOB買い手の約28%がアクティビストを含むファンドであり(東京商工リサーチ)、経営陣にとってはファンドの圧力を受ける前にMBOで非公開化する動機が強まっている
親子上場の解消——ガバナンス上の問題(少数株主と親会社の利益相反)が指摘され、親会社が上場子会社を完全子会社化するTOBが増加。2026年には豊田自動織機の約5.9兆円の非公開化(トヨタグループ再編)が国内過去最大規模となった(M&A Online)
上場維持コストの増大——コーポレートガバナンス・コードへの対応、IR活動の高度化、開示コストの増加により、上場していること自体が負担となる中堅企業が増えている
2025年のTOB買い手構成
2025年TOBの買い手内訳(80社)
まとめ
TOB(株式公開買付)のポイントを振り返ります。
TOBは証券取引所を通さず、価格・期間・株数を公告して株式を買い集める手法
2026年5月施行の法改正で、義務的TOBの閾値が1/3超から30%超に引き下げられ、市場内取引にも適用が拡大
TOBプレミアムは一般的に30〜40%。株主にとっては市場価格より有利に売却できる機会
株主の選択肢は「TOBに応募」「市場で売却」「保有継続」の3つ。完全子会社化TOBでは最終的にスクイーズアウトされる可能性あり
2025年は過去最多の136件。PBR1倍割れ対策、アクティビスト対応、親子上場解消が構造的な増加要因

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